適当な日常を綴る’

万年五月病患者が惰性で書き続けるブログ

道化―櫛枝実乃梨の悲哀―

学園ものラノベアニメの名作『とらドラ!』のブルーレイボックスが届きました。よく考えたら発売日前日なのに…。フライングゲットですね。古いか。しかし2クールでこの値段は安い。
DVDBOXも出ていて、確か以前にもブルーレイボックス出てたのにまた廉価版ってどんだけやねんとは思いますけど、それだけファンが多いということなんでしょう。


アニメ自体はもう10年前の作品ですし、原作なんて更に前から刊行されているわけで、散々語り尽くされたとらドラ!評をこんなネット世界の片隅で書く意味とは、という話なのですが
こうやって今更他の人が話題にしない作品のことを好きなだけ語れるという点で、やっぱりブログって好きだし、性に合ってるんですよね。誰も触われない一人だけの国。ルララ宇宙の風に乗る。


とらドラ!のヒロインはパッケージにも描かれている通り3人。自分が学生の頃は、この作品の話をする時は「3人のうち誰が好き?」という話は鉄板でした。…多分皆そうだったはず。きっと。
…で、自分の推しキャラは“みのりん”こと櫛枝実乃梨。右の赤い髪の子です。体感では、人気なのは圧倒的に亜美ちゃん(左の青い髪の子)だったと思うんですが、実際のところどうなんだろう?
みのりんは特に終盤からのキャラクターの変わりようがすさまじいので、みのりん派だと言うと「いやいやみのりんは頭おかしいキャラでしょ…」とよく言われてあったまってました。しばこ。
ということで、作品を適当に懐かしみつつ、みのりんのことを書いていきたいと思います。折角ブルーレイボックス買ったわけですし、沼田作画回の雪山バトルとか見直したいですね。


みのりんこと櫛枝実乃梨は、主人公・高須竜児の片想いの相手で、笑顔を絶やさない活発な少女、という設定。誰にも分け隔てなく接し、変なネタを言うのが好きなお調子者。声も可愛い。
その風貌からヤンキーに間違われるのがコンプレックスの竜児にとっては、自分にも優しく接してくれる女神のような存在…だったわけですが、物語が進むうちに違う面が明らかになっていき…


奇しくも先日書いた『やがて君になる』の燈子と同じ、周囲が求めている(と思い込んでいる)キャラを演じている。みのりんはそういうタイプのキャラクターなんですよね。周囲が求めている
自らの立ち位置を敏感に察知して動いていく。燈子は自分のことが嫌いで、という理由で優等生を演じていましたが、みのりんが道化を演じているのは、道化という立ち位置を確保するのが
自分にとって有利だから。実は打算的なキャラクターだった、というのが徐々に明かされていく。みのりんが好きな1つの理由は、意識的に道化という立ち位置を選択することで、居場所を
確保しようとしているところに共感できたから、という点です。自分も学生時代は少しそういう意識がありました。成績も中の中だったし、少しボケ寄りの位置にいる方が気楽だったので…。


そして、みのりんが道化である、ということが明らかになってから物語を思い返してみると、竜児が片想いしている理由の「強面の自分にも優しく接してくれるから」というのは、単に
みのりんが自分が得するためにそうしているだけ、ということになってしまう。竜児からすると悲しい話なわけですが、真に哀しいのはここからなんですよね。夏休み、亜美ちゃんの別荘で
「恋愛は幽霊のように遠い存在」と言うみのりんに竜児が「お前に見てほしがっている幽霊が、どこかにいると思う」というシーンです。これもう告白ですよね。青春かよ。
道化を演じるくらい聡いみのりんのこと、恐らくですが竜児の言葉の真意に気付いたのではないでしょうか。道化を演じていない自分とも普通に接してくれる。自己への肯定感が得られた瞬間。
そしてまたその後は大河の父親を巡って竜児と対立している、という…「道化」は不和を防ぐための選択なわけですから、対立している時点で心を開いてますよね。一見もう両想いなわけです。


ただ、竜児の側ではみのりんの本性(?)をこの時点で知らないので、みのりんにとってみれば、果たして「道化」である自分を好きなのか、それとも普段の自分も好きでいてくれるのか、という
悩みが発生するんですよね。これが1つの悲哀。そしてもう1つの悲哀が、みのりんは親友であるヒロイン・大河が、竜児のことを憎からず想っているだろうことを分かっている、ということ。
友情と恋愛の板挟み、と言えば陳腐ですけど、親友のことは大切だし、でも自分と向き合ってくれる竜児のことも気になるし、それに加えて自分のキャラクターをどうすればいいのか、という
問題も発生して、どんどん立ち位置も自我が不安定になっていく。その結果が終盤の暴走なのではないでしょうか。意識的に道化を演じることで円満に過ごしていこうとしていたはずなのに、
当たり障りのない選択を続けた結果、親友と想い人との板挟みになり、遂には両想いであったにも関わらず、結ばれなかった。みのりん視点だとラブコメというよりむしろラブトラジディ…
聡いし打算的なのに、最終的に自分の利益を貫けなかったのがとても人間味に溢れていると思います。櫛枝実乃梨というキャラクターには、敗者の悲哀が詰まっている。そこがみのりんの魅力。
決して終盤に急に頭がおかしくなったわけではなく、彼女なりの葛藤があった結果だ、ということは主張していきたいですね。…いつどこで主張するんだ、というツッコミはごもっともですが(