適当な日常を綴る’

万年五月病患者が惰性で書き続けるブログ

ヴァイオレット・エヴァーガーデン ★★★★★★★★☆☆


当時評判だったのでずっと見たいと思っていたのですがNetflixでしか配信がなく、近所のレンタルショップにも置いてない。ここ最近で知り合いが何人か見た、と言っていたので
これは今見るのがタイミング的に良いのではと思い、ネトフリの1ヶ月無料を契約して一気に見てしまいました。オタクに大事なのは瞬発力ですからね。


あらすじは伝え聞いていて、元兵士で感情が希薄な少女・ヴァイオレットが、自動手記人形(手紙の代筆業)として働く中で、「愛」という言葉の意味を知っていく、というもの。
プロットだけで、多分自分の好みのストーリーだろうな、という気がしていました。割と誰でも好きそうな題材ではありますけど…。


まず開始1分で思ったのは「作画が異常に綺麗」ということですね。凝ってるなあ、とかいうレベルを超えている。夜の街を歩くヴァイオレットと、緑色のブローチ。
映画レベルの映像の綺麗さに、目が釘付けになりました。このレベルの作画でテレビ放送していたのか…。どう考えても現代最高峰レベルですよね。京都アニメーション恐るべし。


物語の流れとしては、ヴァイオレットが代筆業を始め、様々な依頼者との交流を通して成長していくのが前半、慕う少佐の死を知ってショックを受け、同僚に励まされて
立ち直るまでが中盤、また1話完結の依頼者との話を挟み、軍の知り合いとの交錯を通して、彼女の中での過去を清算するのが終盤。だいたいこんな感じだったと思います。

だいたい1話完結なんですが、公開恋文を書く5話「人を結ぶ手紙を書くのか?」とか、当時話題だった10話「愛する人は ずっと見守っている」なんかはとても良い話でしたね。
最終話、少佐に初めて手紙を書いたヴァイオレットが「愛してるも、少しは分かるのです」と締めるのも良かった。これまでの経験が「少しは」に込められている。美しいオチだと思いました。



…と、最高の作画、高い演技力、美しい音楽で様々な形のストルゲーを描いた作品、という、要素だけ見ると名作に思えるのですが、同時に、見ている時は終始、違和感を覚えてもいました。
この作品、全体的に力点を置く箇所がズレているんですよね。そのせいで、これだけベタながら深い題材を扱っているのに、底の浅さ、陳腐さを感じてしまう。それが見ていてとても辛かった。


感情を知らない少女が「愛」を知っていく、というお話であるならば、当然、ヴァイオレットが感情を知っていく過程を、その心情の変化を細かに描写すべきであるはずなんですよ。
ところが今作、ヴァイオレットに限った話ではないですが、心情の変化がことごとく省略されている。4話でアイリスと両親とのコミュニケーションにすら苦労していたヴァイオレットが
5話では急に美辞麗句を連ねて恋文を代筆するところなんて「あれ、なんか見逃した?」と思って巻き戻し再生してしまいました。未放映エピソードがあると後で調べて知りましたが
そこを飛ばしてしまっては、ヴァイオレットの言動そのものへの説得力が弱まってしまう。その分「感動的なシチュエーション」を設定することに関してはかなり徹底しているのに。


例えば3話では、自動手記人形養成学校での友人・ルクリアが、自暴自棄になって飲み歩いている兄へ、ヴァイオレットから「生きていてくれて嬉しい。ありがとう」とだけ書いた手紙を
渡してもらい、兄がそれを見て涙し改心し、ヴァイオレットは認められて学校を卒業する。というお話で、拙く短い言葉が、逆にルクリアの兄の心を動かしたのか、なるほど。と納得し
いい話だなあ、とは思いながら何故か違和感を覚えていて、もう1度見直してみたんですよね。そして気づいたのが、先に触れた「心情描写の省略」で、ルクリアはヴァイオレットが
「愛」という言葉の意味を知りたがっている、という話を聞いて、急に自分と兄の身の上話をする。すると次のシーンではヴァイオレットが手紙を渡す。兄はそれを読んで涙を流す。
…つまり、ここで「ヴァイオレットが身の上話を聞いてどう感じたか」「ずっと飲んだくれていた兄は急に自動筆記人形から渡された手紙を読んだだけで何故すぐ改心したのか」とか
物語を構成する重要な要素が省略されているんですね。ただ結果だけが描写され、感動的な演出でそれっぽく見える。ご都合主義とか感動の押しつけとまではあまり言いたくないんですけど…。


1話完結という作劇の都合上仕方ないとは思うんですが、ちょっと説明調というか、演出がくどいのも気になりました。5話とか、侍女が王女の身の上をモノローグ調でどんどん
解説していくのは、展開上必要とはいえモヤっとする。「あれは恥じらっている時の泣き方ですね」とかまで説明せんでも…。この作品、例えば1話で、少佐が生きているか聞かれた時に
ホッジンスが手を強張らせる動きなんかわかりやすいですが、作画が綺麗なだけでなく、絵が雄弁に言葉を発しているという域に達しているんですね。キャラクターの動きに感情が乗っている。
それなのにセリフや描写が丁寧すぎて、そこまで言わなくても分かるのでは?と思うことがしばしばありました。小津監督作品で笠智衆がラストにべらべら語りだすくらい違和感がある。


そして作品のリアリティを損なっているなあと感じたのがヴァイオレットが元兵士という設定。10代の少女が単独で一個分隊並の戦闘力を持っている、とかいう設定は必要だったのか。
何故そこまで異常な強さを持っているのか、ということに感してもこれまた全く説明されていないのでとても浮いている。7~9話辺りの過去エピソードも、ラスト近くの和平反対派との戦闘も
各話完結の手紙エピソードと食い合わせが悪いと感じました。特に11話の最後でヴァイオレットが「守れず申し訳ありませんでした」とか言うシーンなんて違和感しかなかった。


この作品の悪いところは、各話完結故にキャラを深掘りできないのに(そもそも唯一全部出ているヴァイオレットのキャラすらあまり掘られていない)、最高の作画と感動的なシチュエーションに
暴力的な説得力があるせいで、感覚的に納得させられる側面がある点ですね。京アニくらいにしかできない芸当だと思います。もちろんシチュエーションだけである程度感動できなくはないですが
個人的には、こういう作品は様々なエピソードの積み重ねがあるからこそ、成長や目覚めに感動できると思っているので、そこを雰囲気で押し切るという作風ははっきり言って受け入れがたい。
9話でヴァイオレットが会社の面々からの手紙で立ち直る展開とか、最高に感動的な展開なのに、「いや、ほぼ絡みが描かれてない同僚の手紙で立ち直ったって言われても説得力に欠けるよね」と
いう思いが拭えない。そもそも1クールの単話完結でこういう重いエピソードをやろうというところが土台無理な話だったのではないかなあ、と。むしろ映画に向いている題材だったのでは。


…とまあ色々書いてきましたが、これだけ不満点があるのは、やっぱり筋立てと演出以外が全て最高レベルだからこそ、齟齬が気になるからなんですよね。ハードルがどうしても上がってしまう。
動きや表情で訴えかけてくるものが非常に多い作品ですし、『響け!ユーフォニアム』で自然で生理的な、ノンバーバルな動きをもってキャラクターの心情を鮮やかに描き出すことが出来る、と
いうことを証明してくれたアニメ会社だからこそ、ヒューマニズムを軽視し、雰囲気で誤魔化すような作品を作ってほしくない。結局、自分が一番強く感じたのはそこなのかもしれません。


映画化すると知ってその前に見なくては、と思ったのも視聴動機の一つなのですが、本編では少佐の死はずっとぼかされていたので、これでもし「実は生きてて記憶喪失でした~」とか
そんな展開だったら萎えること必至だし、それだけは勘弁してほしいな、と…。映画の尺で10話みたいな感動的なエピソードを丁寧にやってくれたらそれだけで価値のある作品になるはずなので。
まあ、まず近所の映画館で上映してくれるかどうかが気になるんですけどね。新幹線に乗らなくても観られる範囲でやってほしいんですけど、これは間違いなく劇場で観たい作品だからなあ…。