適当な日常を綴る’

万年五月病患者が惰性で書き続けるブログ

ミュージカル「ひめゆり」

前回の記事の続き。前日に友人の家に泊まって、昼にラーメンを食べました。


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暑かったので冷やしつけ麺。いきなり限定メニューに行ってしまったし、次は普通のも食べよう。
そしてろくに時間を確認してなかったために電車の時間が微妙になってしまったので送ってもらいました。この借りは近いうちに返そう。


会場に入ると、前年度に主演されていた高垣彩陽さんからの花が。昨年も高垣さんがブログで幾度かこの演目に触れられているのを見てはいたのですが
当時は何かと被って断念したんだったかな…。そう考えると不思議な縁を感じますね。最前列の右側に座り、演目が始まりました。


自分が観た映画の『ひめゆりの塔』は、とても救いのない映画で、最後にはガス弾と機銃掃射で全滅してしまう、という壮絶な終わり方だったのですが
今回の「ひめゆり」ではそうではなく、主人公のキミを含め数人は生き残るんですよね。病院から撤退するにあたり、負傷して動けない患者に青酸カリを飲ませて殺したり
洞窟に避難している時に、赤ん坊が泣き止まないのを見て、アメリカ軍に見つかってしまうことを恐れた軍曹が赤ん坊と母親を殺して静かにさせたり。
キミも、あれだけ軍人を献身的に看護し、殺してくれと嘆願する兵士を止めながら、檜山上等兵が目の前で死ぬのを見て「私も殺して」と叫ぶようになる。


そして、クライマックスに婦長が身を挺してキミを守り、ガス弾の攻撃からキミは奇跡的に生き残る。そこで歌われる曲が『生きている』なんですね。
歌詞に「生きていく怖さに 死にたくなった」「生きてこそめぐり逢い 新しい何かが生まれる」「命を与えられて 私は生きている」とあります。



本田美奈子.「生きている」


観ていて感じたのは、この作品の一番根本にあるメッセージは、某ジブリアニメのキャッチコピーではないですが、「生きろ。」ということなのかな、と。
味方に「処分」された兵士。食料調達の途中で、撤退中に、仲間をかばって、次々死んでいった仲間たち。数え切れないほどの犠牲者の上に、今「生きている」ことの重み。
だからこそ、「死にたくな」るけど、「生きてこそめぐり逢」う。命を「与えられて」いる。だからこそ、私達は生きなければならないのだ、と。


そして、死んでいった人たちのことを、ひいては何十年も昔になってしまった沖縄戦の悲劇のことも、決して忘れてはならないのだということ。
こういう題材、正直苦手なんですが、単純な反戦厭戦ではなく、ミュージカルとしてコミカルな部分もありつつ、「生きる」ことを結論に持ってきているところに、とても好感を持ちました。
決して「生きるって素晴らしい」とか「生きててよかった」という意味付けがされているわけではなく、「生きている」という、単純な、それでいてとても重い事実が主眼にある。



…さて、主目的である黒沢さんですが、流石というか上手かったですね。主演の中では歴代最年少らしいですが、それを全く感じさせない演技。
1幕の最後とか、上等兵が目の前で殺された時とか、特に迫真の演技でした。歌もそつなくこなしているし。やっぱり多才なんだなあ。と。才能に惹かれがち。
普段耳にしている声優の演技は声だけですが、舞台だと身振り手振り、表情に至るまで全身で演技しなくてはならない。黒沢さんに限らず、立ち居振る舞いの細かさに舌を巻きました。
テーマ性の重さと、来た理由のミーハーさとがどうにもミスマッチで困るんですけど( そのどちらにも満足できる公演でした。来て良かったです。
パンフレットに黒沢さんの沖縄レポートがあったので読んでいると、沖縄に行くのを勧めてくれたのは高垣さんだと。好きな声優同士のふとした繋がり。こういうの嬉しいですね。


…そして、こういう内容であれば、昨年、高垣さん主演のキミも観たかったなあ、というのが正直なところ。こればっかりは仕方ないんですが、あれだけミュージカル向きの歌唱力と
ひたむきさ、涙もろさを併せ持つ高垣さんのこと、さぞかし素晴らしい舞台だったんだろうな、ということは想像するに余りある。来年万一高垣さんに戻ることがあったら絶対行こ。
逆に、今度は黒沢さんの非ミュージカルの舞台も観てみたくなってきました。幸い、年内にまだ2作品も出演予定があるとのこと、どちらかには行ってみたいですね。…貯金する気あるのか。