適当な日常を綴る’

万年五月病患者が惰性で書き続けるブログ

天気の子 ★★★★★★★★★☆

小学校の学習塾時代からの友人と10年近くぶりに会って、一緒に観に行きました。干からびそうなほど暑かったし、多分晴れ女しかいなかったんでしょう。
あらすじは今回は簡潔でいいか…。家出少年の主人公・帆高と、祈ることで天気を晴れにできるヒロイン・グラードン陽菜とのお話。まあ観てないならこんな駄文読むより映画館にですね。


感想を書くのが難しいんですが、前評判通り、新海監督流の「セカイ系」であるという印象を強く受けました。ただ、それだけでもない。監督がパンフレットで語っていた通り
君の名は。』へのアンサー的作品でもありましたね。『君の名は。』は彗星が衝突して死者が出る未来を回避したハッピーエンドであるのに対し、『天気の子』は異常気象の対処より
ヒロインを選び、その結果として東京は水没する。現実は『君の名は。』のように単純にハッピーエンドにはならない、と。現代の実感に即した、令和の「セカイ系」とでも言いましょうか。


また、『君の名は。』が綿密に計算された綺麗なエンタメ作品であるという印象だったのに対し、今作は設定面がかなりふわっとしているな、という印象を受けました。
観終わった後まず思ったのは「結局あの拳銃って何だったの?」でしたし、帆高が家出した理由も謎、陽菜たちがどうやって暮らしていたかも…警察も無能すぎるし。
…と、色々とぼかされていることに気がつく。その辺の設定をあえて描かないことで、帆高の周辺のミクロな世界をクロースアップし、それと社会全体を対立させる。所謂「セカイ系」ですね。


今作が面白いと思った点は、まず1つに、主人公が立ち向かうのが宇宙人とか、地球を滅ぼす謎の敵とか、そういう具体的な存在ではなく、社会、そして東京だった、というところ。
ほしのこえ』ではタルシアンだったり、『雲の向こう、約束の場所』ではユニオンだったり、『君の名は。』では彗星だったり。具体的な「敵」からヒロインを守るために足掻く。
でも今回は、須賀が言ったように「人柱一人で天気が収まるならそれが一番だし、みんなそう思ってる」という、「東京」の不特定多数の思いに対して主人公が反抗する。
家出をして故郷に居場所もなく、かといって東京もドライで、頼りにしていた須賀にも月給3000円で搾取される。社会から拒絶されているという実感が、社会への反撥を生んでいるんですよね。


その「社会」に立ち向かう後半、3人での逃避行や、取調室から逃げるところとか、とても新海監督らしさが出ていて、青臭く、だからこそ安心して観ていられる場面だったと思います。
端的に言うと「女の子のために必死になって走る男の子」が新海監督作品のイメージなんですけど、それを地で行く展開。でも新宿から代々木を線路ダッシュは疲れそうだよな…。
そして「青空よりも、俺は陽菜がいい!」ですからね。いっそ清々しい。こういうの好きだった時代もあったなあ…と、アイドル現場で彼氏面してるオタクのような心境で観ていました。


…と、なぜ所謂「セカイ系」のお話なのにあまり主人公に感情移入していけなかったのか*1な、ということを考えてみると、まず一つには、自分が年を取ったから、というのはあると思います。
ただ、むしろもう一つの理由があるのではないかと思うんですよね。それは何かと言うと、須賀というキャラクターの存在。彼がいることで、帆高と陽菜の狭い関係だけを注視できなくなる。


須賀はどちらかというと、「社会」側の人間なんですよね。安い給料で帆高をこき使うし、嘘の記事でも楽しませられればそれでいい、と達観しているし、「人柱は必要悪だ」とも言う。
でも、夏美が指摘する通り、須賀と帆高は似ているんですよ。かつては今のような「つまらない大人」ではなかったけど、妻を亡くし、次第に社会に適合しながら生きている。
それが帆高と出会って少しずつ変わっていき、最後には刑事を殴り飛ばして「帆高、行け!」と言うまでに至る。つまり、須賀はかつてセカイ系にハマっていたオタクそのもので、
また監督の代弁者でもあるのではないかと。観ていて「自分は帆高たちのようにはなれないけど、彼らを応援したい」と思わせてくれる存在。それが須賀なのではないでしょうか。


つまり、「世界よりもヒロインを選ぶ」というセカイ系ボーイ・ミーツ・ガールを素直に楽しめる層にはエモーショナルなストーリーを、そして「昔こういうの好きだったなあ」
というかつての新海ファン層には須賀というキャラクターを置いてそちらに感情の担わせどころを作る。そんな作品なんですよね。かなりすごいことをやっているのではないでしょうか。


今までの新海監督作品では、須賀のような立ち位置の大人っていなかった気がするんですよね。正直そういう大人がいると没入感が削がれるし不要だったのかもしれませんが
今回は須賀がいる意味はとても大きいと思うので。ちょっと違うけど『イリヤの空、UFOの夏』の榎本みたいな感じ。須賀が作品の色合いを今までとかなり違ったものにしている。


もう1つ、面白いというか好きな点は、世界=東京が水没しても、それでも生きていく。挿入歌ではないですが『大丈夫』という前向きな終わり方をしたところでしょうか。
決して『最終兵器彼女』のようなカタストロフ系のバッドエンドではなく、また逆に、従来の新海監督作品のように世界を救ったハッピーエンドでもない。
世界よりもヒロインを選んで、それでも生きていく。現実はそう簡単に救えるものではない、という、前述した通り「令和のセカイ系」と言うべき作品なのかな、と。


だからこそ、これを観て「今更ただのセカイ系かよ」とか、逆に「ゼロ年代エロゲーみたいで懐かしい~」みたいな感想だけ持ってしまうのは勿体ないというか、表面的ではないかとも思います。
従来の「セカイ系」のようでいて、少年少女だけの物語ではなく、最後に「世界なんてどうせもともと狂ってんだから」と言ってくれる中年がいる。少女を犠牲に世界が救われるわけでもない。
オーソドックスなストーリーラインのようで、実は新しい。前作のアンサー的作品にして意欲作。賛否両論だとは思いますが、自分は素直にすごいなあ、と思いました。


あと、雨の描写が圧巻だった、とか作画が綺麗だった、とか今更過ぎて書いてなかったけどすごかったですね。監督は東京という街への理解が深いんだろうなあ。
瀧くんと三葉が出てくるサービスシーンも嬉しかったですし。テッシー達が出てたのは気づかなかったけど( 他にも、最後に帆高が後輩から質問されるのって、『雲の向こう、約束の場所』の
冒頭で後輩の女の子が告白してくるシーンのオマージュでしょ、って思いましたし、気づいてないだけで他にも色々あったのかもしれないですね。その辺は新海オタクに任せよう(


小説 天気の子 (角川文庫)

小説 天気の子 (角川文庫)


小説版も買って読んでみましたが、映画にはなかった色々なキャラクターのモノローグがあって不思議な感じ。すぐ読めるので気になった人は買ったら理解が深まるかもしれません。

*1:もちろん、それがイコール面白くなかった、というわけではありませんよ、念のため