適当な日常を綴る’

万年五月病患者が惰性で書き続けるブログ

トイ・ストーリー4 ★★★★★★★☆☆☆

どう表現するか迷ったけどはっきり書いてしまおう。子供の頃からこのシリーズに触れてきた1ファンである自分としては「こんな続編は観たくなかった。」これに尽きます。
自分以外は親子連れしかいなかったので、呆然とスタッフロールを観てたら誰もいなくなっていて、映画館のスタッフに「終わりましたよ~」って声をかけられる始末。いや分かっとるわ。


「家庭的・社会的立場、因習からの解放」「自立した強い女性」
辺りは、最近のピクサー作品にありがちなテーマですよね。それ自体は決して悪いとは思いませんし、時代の要請もあるでしょう。
ただ、それを『トイ・ストーリー』というシリーズでやる必要は果たしてあったのでしょうか?別に、オリジナル作品でいくらでもやればいいわけですから。その点が本当に悲しい。


初代から『3』まで、一貫してこのシリーズでは持ち主や仲間のおもちゃとの絆を描いてきたし、正に、上で挙げたのと逆である「与えられたおもちゃという役割をいかに全うするか」
ウッディは信条として、命懸けで仲間たちと色々な困難を乗り越えてきた。『3』の最後で、ウッディはずっと一緒に過ごしてきたアンディと離れ、新たな持ち主であるボニーのところへ
仲間たちと一緒に行く、という決断をしましたね。「子供を楽しませる”おもちゃ”である」という自覚があったからこそ、大好きなアンディとの別れを選んだわけで、だからこそ泣けるんですよ。


それが今作は冒頭から、ボニーはウッディを放置している、というところから始まる。アンディとの約束は何だったのか…。それでも、ウッディはボニーのために必死でフォーキーの世話を焼く。
ウッディが「それだけが今の自分の存在意義なんだ」と言うところは本当に観ていて辛かった。そんなことを主人公に言わせるのかよ、と…。
最終的に「特定の子どものおもちゃでいることを辞める」という選択をするウッディ。これはつまり、今までの仲間と別れる、ということ。上映中に「マジかよ」とつぶやきそうになりました…。


無論、恵まれないおもちゃだったギャビー・ギャビーとの出会いや、ボーとの再会がウッディの意識を変えたのだ、というストーリー上の理屈は頭では理解できなくはないんですよ。
ただ、十年以上仲間と過ごして醸成された価値観が、あの数日で覆った、とするにはウッディ側の意識の掘り下げが不足している。今作で一番キャラクターの掘り下げがなされていたのは
ウッディでも、バズでも、その他今までの仲間たちでもなく、悪役であるギャビー・ギャビーですよね。アンディの家で幸せに暮らすという、今までの環境が如何に恵まれていたか、ということを
アンティークショップでずっとホコリを被っていた彼女を通して描く。上手いなあ、と思いましたし、今作一番感動したシーンは、彼女が女の子に拾ってもらうシーンだったのは間違いない。


でも、トイ・ストーリー』という作品は、ウッディとその仲間たちの物語ではないのか、という思いがどうしても拭えない。今作、ウッディ以外の既存キャラクターは
ほぼキャンピングカーの中にいて、全然出番がない。出番がないならまだしも、バズは心の声に従う、とか言ってひたすら音声ボタンを押す無能キャラみたいになってるし…。


ボーについても、作中ではウッディに自立を促すという大事な役割を果たしていますけど、キャラが変わりすぎていて違和感を覚えてしまう。「持ち主にこだわらなくていい」と
アンディの家を去る時に既に達観していたボー。でも、当時のボーはウッディに「足の裏を見て」と、アンディの愛を再認識させるような役回りのキャラクターだったのでは。
流行りの「自立した女性像」を今作にも盛り込みたい、という制作上の要請が透けて見えたように感じてしまって、どうにも受け入れ難かったです。


加えて、仲間たちとの別れのシーンの描写もかなり淡白だったのも残念。『3』のアンディとの別れと比べてしまうから余計にそう感じるのかもしれませんが。
特に今作はそこまで出番が少なかった分、別れのシーンはもう少し尺をとってほしかったですね。変にセリフあっても蛇足になると思うので、さじ加減は難しいかもですが…。


今までのストーリーを「恵まれた家庭でのおもちゃの物語」と位置づけ、そうでないおもちゃたちの視点から、ウッディの自立を描く。綺麗に終わった『3』の続編としては1つの正解かな。
ただ、ラストでシリーズ通しての主人公が実質的に物語の表舞台を去ってしまった。「ほろ苦い、大人の物語だ」で片付けるにはあまりにも根本をひっくり返し過ぎではないでしょうか。
ウッディの成長を描く、という意図も、深みも理解はできる。でも、トイ・ストーリーって人間の成長を描くお話なのでしょうか。なぜなら、ウッディはおもちゃであって、人間ではないから。
だからこそ、おもちゃとしての役割とは、という、この作品にしかないテーマを一貫して描いてきている。それを、語弊を恐れずに言えば、昨今ありがちなテーマで塗りつぶすのが正解なのか。


言うなれば、最近話題の某作品*1に例えるならばトイ・ストーリー4~ユア・ストーリー~』とでも言いましょうか。自分はまるでピクサーに「大人になれよ」と言われたように感じました。
単体としての完成度は高いし、バランス感覚にも優れた作品なのは間違いない。でも、『トイ・ストーリー』シリーズとしてこれをやってほしくなかった。自分の結論としてはそんな感じです。
正直、観るまではキャッチコピーの「あなたはまだ─本当の「トイ・ストーリー」を知らない。」は「適当言ってんなよ(笑)」って感じでしたが、今見直すと、存外当を得た表現でしたね…。

*1:作品への愛が全然違うであろうことは書くまでもありませんが