適当な日常を綴る’

万年五月病患者が惰性で書き続けるブログ

無敵超人ザンボット3 ★★★★★★★★★☆

地球を侵略するガイゾックとその兵器メカ・ブーストに、かつて母星を滅ぼされたビアル星人の生き残りである神ファミリーが立ち向かうというのがおおまかなストーリーでしょうか
自分がこの作品を見る前のイメージは「鬱アニメ」「トラウマ」「エンタメ性に欠ける」みたいなものだったんですが、実際に見てみるとそのレッテル貼りの無意味さに気づきました(
むしろ作風自体は割とコミカルだと思います。主人公の勝平は奔放な性格ですし*1、敵の親玉・ブッチャーやその手下もかなり陽気です。お約束の「御意、ブッチャー」は好きだったなあ


鬱アニメとか呼ばれるのはまあ有名な「人間爆弾」で幼馴染や友人が爆殺されていく描写であるとか、あとガイゾックと戦ってくれている神ファミリーに対して地球人が
「お前らがいるからそもそもガイゾックが攻めてくるんだ!」と石を投げ続けるというストレスの溜まる描写が理由なんだと思いますが、まあ確かに見てて気分は良くないですね(
ただ冷静に考えると、いきなり攻めてきた宇宙人を撃退したのにいきなり周囲の人々が神ファミリーを非難するのは少し不自然だったような気もします。人間の嫌な面を
デフォルメした結果逆に不自然なほど嫌味になってしまってるというか…戦うと町が破壊されるとか壊れたパーツがすぐには直らないとかはリアリティある描写だっただけに残念ですね
そういう意味では最後特攻で家族が全員戦死し、一人残った勝平を地球人が手の平返して祝福するのは胸糞悪くなるけど積み重ねがある分リアリティはあったかもしれませんw


あとラストでガイゾックが地球を侵略した動機について語られるんですが、これが結構面白かったです。ガイゾック星人が宇宙の平和を乱す存在を感知し、滅ぼすために作った
「コンピューター・ドール第8号」が種族間で争いの絶えない地球人を危険分子とみなし、排除しようとしたというのが真相だと語られるのですが、示唆に富んだ設定ですよね
「命を賭しても非難されるだけで感謝もされないのに争いをやめない地球人をなぜ異星人の末裔であるお前が守るのか、そこまでする価値はあるのか?」という敵の問いに対して
主人公は論理的な回答ができないんですね。「育った星だからだ」「地球人は悪い人間ではない」と返すのが精一杯で、所謂「正義とは何ぞや論」が投げかけられるわけです


ただ、これは単にガイゾックの方に正当性があるというわけではないんですよね。ガイゾックの司令官であるブッチャーが所謂「良い」存在なのかというとそんなことは決してなく
人間を爆弾に改造したり、政府首脳と会合を開くと言って招待しておいて罠にかけて殺したりする描写もありまして、つまりはガイゾックの言う「宇宙の平和を乱すものを排除する」
というのは綺麗事で、実際は「自分たちが平和に暮らすために邪魔になる存在を排除しよう」というエゴなんですよね。パワポケ厨の自分としては「正義の反対はまた別の正義」とか
「正義が本質的に妥協を禁じる以上価値観の合わないものは排除の方向に動く」みたいな名言を引き合いに出したくなるんですが、まあそういうことですね


単なる勧善懲悪に留まることなく「正義」について描いたのは40年近く経った今でも色褪せないですね。知人の言う通り富野作品では珍しくオチが綺麗だと思います
欠点としては作画の使い回しが多すぎてアクションシーンがあまり格好良くないところと、大山のぶ代の演技が上手くないところですかね( ドラえもんの力ってすごい…
思考停止で「鬱アニメ」とかつまらないレッテルを貼って片付けるにはもったいない、テーマ性のある面白い作品でした。短いし人にも勧めやすい作品かもしれません

*1:まあ徐々に成長はしていきますが