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空の青さを知る人よ ★★★★★★★★★☆

空の青さを知る人よ

空の青さを知る人よ


雨ニモマケズ、台風ニモマケズ、海峡を越えて観に行ってきました。途中で電車が遅れるわ止まるわでどうなることかと思いましたが、なんとかたどり着けてよかった。

山に囲まれた町に住む、17歳の高校二年生・相生あおい。将来の進路を決める大事な時期なのに、受験勉強もせず、暇さえあれば大好きなベースを弾いて音楽漬けの毎日。
そんなあおいが心配でしょうがない姉・あかね。二人は、13年前に事故で両親を失った。当時高校三年生だったあかねは恋人との上京を断念して、地元で就職。
それ以来、あおいの親代わりになり、二人きりで暮らしてきたのだ。
あおいは自分を育てるために、恋愛もせず色んなことをあきらめて生きてきた姉に、負い目を感じていた。姉の人生から自由を奪ってしまったと…。


そんなある日。町で開催される音楽祭のゲストに、大物歌手・新渡戸団吉が決定。そのバックミュージシャンとして金室慎之介の名があがる。
あかねのかつての恋人であり、高校卒業後、東京に出て行ったきり音信不通になっていた慎之介が町に帰ってくる…。
時を同じくして、あおいの前に、突然“彼”が現れた。“彼”は、しんの。まだあかねと別れる前の、高校時代の姿のままで、13年前の過去から時間を超えてやって来た18歳の金室慎之介。
思わぬ再会をきっかけに、次第に、しんのに恋心を抱いていくあおい。一方、13年ぶりに再会を果たすあかねと慎之介。
せつなくてふしぎな四角関係…過去と現在をつなぐ、「二度目の初恋」が始まる。


あらすじを書くのが面倒なので公式サイトからそのまま引用。まあこんな話です(雑)。…で、予告を何度か劇場で観て、気になったシーンがありました。



映画『空の青さを知る人よ』予告】

あおい「私たちは、巨大な牢獄に収容されてんの」
あかね「出たーwあおいの厨二リリック」


そのシーンというのが、予告の冒頭にあったこの会話。理由はよく分かりませんが、何故か頭に残っていました。
そして、実際に映画を観ている途中で、ふと思い当たったんですよね。これ、マリーの自伝にも似たようなフレーズがあったのではないか?ということに。



この自伝、ページ数が少なくてすぐ読める上に、マリーのルーツについて興味深いことが書いてあってファンにはお勧め…ってとっくに読んでるか。…で、読み返すとこんな表現がありました。

秩父は周囲を険しい山に囲まれ、農作物などを育てるには過酷な環境だ。(中略)
やたらと濃い青をした盆地の山々は、いつかの私が感じたように逃げられない檻のように見えたのではないか。


―第六章「緑の檻、秩父」より―

…まあ、わざわざ文章を引いてくる必要もないくらい自明ではありますが、改めて、この作品には岡田麿里さんのアイデンティティが色濃く出ているなあ、と思った次第です。
パンフレットで長井監督も「(『あの花』『ここさけ』を含む)秩父3作品には「鬱屈とした高校時代の思い出と、そこから抜け出したいという思いが反映されている」と答えていました。
その上で、あおいが秩父を抜け出してハッピーエンド、という話にはしたくない、とも。ここが観ていて良いなあ、と思った点ですね。つまり、あおいは秩父という町に閉塞感を感じている。
実際、近所付き合いとか、役所仕事とか、昔から続く狭い交友関係とか…。リアルな田舎の「めんどくさい部分」が前半でよく描かれており、共感できるように作られているんですよね。


その上で、対比的に、秩父の良さを象徴するキャラクターとして、姉のあかねを置いている。それだけでなく、かつてあおいが憧れていた慎之介という、秩父の外からやって来た存在も描く。
まさに「何処かにあるユートピアを求めて上京しようとするあおいに現実を見せつける。挿入歌として『ガンダーラ』が使われているのも、とても示唆的で良いと思いました。


終盤、姉が影で試行錯誤していたことを知り、しんのとあおいが空を飛ぶ夏頃公開されていた何とかの子を彷彿とさせるようなシーンで、あおいは秩父の美しさに気付く。
それこそ、「牢獄」だと思っていた秩父の空が「クッソ青い」ことに。土砂崩れからの展開はかなり力技だなあ、とは思いましたけど、個人的にはとても好みな話の締めかたでした。
ライブ本番の描写はともかく、あかねにはもう少し尺割いてくれても、とは思いましたが、あおいの視点で進むからこそ、最後の秩父への印象の転換が映えると思うし、これがベターなのかな。


…と、姉妹を対比させて田舎の陰陽を描いているのも面白かったんですが、「慎之介」と「しんの」の対比もまた面白かったです。昨今のアニメにおいて、こういう所謂青春ものでは
アラサーのキャラクターがメインで描かれることってほとんどないですよね。出てきても、主人公たちを見守る担任とか、お兄さん、お姉さんみたいなポジションではないでしょうか。
でも、今作においては、慎之介とあかねはかなり重要な立ち位置にいる。しんのが慎之介に対して言った「将来、お前になってもいいかもしんねえ、って思わせてくれよ」というセリフ。
とらドラ!』とか『花咲くいろは』とか『あの花』辺りでマリーを好きになった視聴者、自分を含めてそろそろ30代前後なんじゃないでしょうか。…やっぱり、刺さりますよね。
果たして、13年前の自分が、今の自分を見て「お前になってもいいかもしんねえ」と言ってくれるのだろうか。自分はまあ…渋々言ってくれるんじゃないかな…(弱


そんなわけで、故郷への複雑な思いを描きつつ、青い自分と今の自分の対比を通じて、観客にも内省を促す。更には「痛みを伴う青春」もしっかり描いている。
展開が強引なところもありますが、それを含めて、秩父3部作の、マリーの魅力なのかな、と。『ここさけ』のように激しく胸を打たれるのとはまた違う、じわじわ感動する作品。
キャストも新人声優や俳優で固められていたのに、みんな上手い。特に吉沢亮の演じ分けが上手すぎる。吉岡里帆ってこんな懐の深い声出せるのか…とか。満足度の高い映画でした。