適当な日常を綴る’

万年五月病患者が惰性で書き続けるブログ

ガラパゴス化したジャパニメーションの話

globe.asahi.com


数日前、とても興味深いインタビューを見かけました。インタビュアーと片渕監督とのディスコミュニケーションが著しくてちょっと面白い。アンジャッシュのコントかな?



まあ、こんな感じの経緯らしいので、所謂今のオタク向けアニメを単純に批判しているわけではないんでしょうけど、それでも印象的なフレーズがいくつかあって。

いわゆる思春期ですね。いま後期思春期って40代まで含まれるんです。世界的に!
そこまでの人が「これは自分のことだ」と思い、日本のアニメの主人公がみんな高校生なのに、あれを自分のことだと思い込んじゃうんです。
これは実は、大丈夫なのかって思わなければいけないことです。


冒頭から耳が痛い。日本の深夜アニメで人気が高い作品というのは、概して中高生が主人公なことが多いし、そこに共感する受け手もまた多い。勿論、自分も例外ではない。
所謂「深夜アニメ」に対する感性は、自分自身が高校生だった頃とそこまで変わっていないと思うんですよね。特殊なんだけど、あまりに長期間観ているので慣れて感覚が麻痺しているというか。

日本のアニメーションの中にジャンルが一個しかないのはおかしいと思いませんか?
だって今は、『名探偵コナン』まで同じジャンルに入っているんですよ。
名探偵コナンは少なくとも子供向けとして始まったはずなのに、いつの間にか同じ「隙間向け」のジャンルに入ってきているじゃないですか。おかしくないですか?


『コナン』を例に挙げ、子供向け作品ですら、放送を重ねるにつれ、対象年齢が上がってきている、という指摘。
数年前、『ゼロの執行人』が公開された際、帰省して母と話している時に「コナンの映画を観に行ったら、大人向けになっていて驚いた」と言われたのを思い出しました。
母はアニメには特に興味はなく、自分や妹が子供の頃、毎年一緒に観に行っていたコナンを、今でも映画だけ観ている、という感じなのですが、そういう感想になるんだな、と。
確かに「安室の女」みたいな当時の盛り上がり方は、子供向けというよりは、大人向け、オタク向けのそれだよなあ、とも。それが良いとか悪いとかの話ではなく。


実際、自分も今ちょうど『僕のヒーローアカデミア』観てるんですけど、めちゃくちゃ面白いんですよね。これでも、少年読者以外に、女性人気が高い作品として有名だし。
大人の(監督の言葉を借りるならば「後期思春期」の)オタクが観て楽しめる作品が殆どである、という意味では、確かにガラパゴス化していると言えるでしょうね。

海外のアニメーションの主流というのは、例えば『フナン(FUNAN)』(2018年仏アヌシー国際アニメーション映画祭長編グランプリ受賞)というフランスの映画。
デニス・ドゥというカンボジア系の監督ですけど、ポル・ポト時代のことを描いています。
また、アイルランドのノラ・トゥーミー監督の『生きのびるために(THE BREADWINNER)』(同長編審査員賞受賞)は、タリバーン支配下アフガニスタンを描いていますね。
スペインのラウル・デ・ラ・フエンテ氏とポーランドのダミアン・ネノウ氏が共同監督を務めた
『アナザー・デイ・オブ・ライフ(ANOTHER DAY OF LIFE)』(19年東京アニメアワードフェスティバル長編グランプリ受賞)は、アンゴラ内戦を描いています。


『生きのびるために』、昨年神戸で『ロング・ウェイ・ノース』を観た際に予告編が流れていて面白そう、と思ったのですが、各国でもこういう政治色のある作品が作られているんですね。
その上で、こういう作品が日本で出てこない事実について指摘されていますけど、色々な側面のある問題だよな、と思うわけで。


まず1つに、今の受け手がそういう作品をあまり求めていないであろうこと。間違いなく深夜アニメのトレンドと合わないし、かといって劇場公開してもヒットするかは怪しい。
この手の作品を好んで観る層が、わざわざアニメという媒体を選ぶかも疑わしい。実写映画ならともかく…。そもそも実写ですら、最近は漫画原作の思春期の心の機微、みたいな作品が多いのに。
周りを見ても、日本の(近年の)アニメとか、声優にしか興味がない、というオタクの方が圧倒的多数だし、アニメ映画を好んで観る層ですら決してアニメオタクの多数派ではないと思います。
オタクならカレントなアニメや漫画やゲームだけでなく古典にも触れるべきだし、小説や映画にも知悉するべきでは…みたいなのはもう古いオタク感なんだろうな、とは常々思いますし。


もう1つ、というか上記の結果として、そういう企画って通りにくいのではないだろうか、という。商業ベースでの成功が見込めるとは思えない。
だからこそ、クラウドファンディングという形で片渕監督が『この世界の片隅に』を制作した、ということなんでしょうけど。需要がない、という厳しい事実。


そして、態々そこに踏み込まずとも、ガラパゴス化した日本のアニメは一部の(そして大多数の)オタクに受けている、という事実。これが一番大きいんじゃないかなあ。
自分も『この世界の片隅に』も『マイマイ新子と千年の魔法』も好きですけど、やっぱり日本のコテコテの萌えアニメも、学園もの、青春ものも好きなんですよね。
そういう方向しかない、というのは不健全かもしれないけど、その方向においてはガラパゴス化しているが故に、他国よりも優れた作品が多いし、マーケットも大きい。


あと、海外の名作アニメ、自分も観る機会さえあれば観たいですけど、地方では中々厳しいという現実も大きい。今は、配信サービスに加入すればどこでも日本のアニメは観られる。
それに対して、『ロング・ウェイ・ノース』なんて、帰省のタイミングと上映時間が合ったからようやく観られたけど…くらい。都会民の趣味だよな~。


まとまりもなく書きましたけど、「後期思春期」というワードがなかなか刺さったなあ、と。でも、思春期にそういう作品に出会ったことが良くも悪くも核になってるからなあ。
今更そこは変わらないんだよな…とも思ったり。それこそ、大人になってからアニメに触れるようになったらまた違うんでしょうけど、多分、もう手遅れなんだよな…。