毎日出版文化賞を受賞した野間宏著「真空地帯」を山本薩夫が映画化。
軍隊内の権力争いに巻き込まれ、投獄された木谷一等兵。野戦行きとなった彼は、自分を追い込んだ林中尉の前に現れる。
帝国陸軍の内務班における苛烈な上下関係、いじめ、汚職を描いた作品。山本薩夫監督自身もかつて内務班でリンチを受けたことがあるらしく、その経験も反映された作品なんでしょうね。
上官の機嫌次第ですぐ殴られる初年兵たち。理不尽な往復ビンタの連続。柱に登ってセミの鳴き真似をさせられたり、厩舎で殴り倒されて馬糞を食わされたりと、本当に壮絶。
初年兵が読んでいる本のタイトルに「社会」という2文字があっただけで「社会主義の本を読むな!」と言われる始末。学歴がいくら高くても、小卒の上官の機嫌が悪ければ制裁。
かと思えば、独房で「一匹の怪物が欧州を彷徨っている。共産主義という名の…」と諳んじている兵もいたり、上官に阿って上手くやり過ごしている兵もいたりする。
保存状態があまり良くない上に舞台が大阪で基本関西弁なので、何を言っているのか聞き取れないこともしばしば。それも含めて異様な雰囲気を醸し出しているのですが。
木谷一等兵が無実の罪で投獄された背景にも、上層部の権力争いがあり、軍法会議の結果も、南方戦線行きの人選も、全て賄賂でねじ曲がってしまう。
金子信雄演じる上官がやけに木谷に優しいので、こういう人柄なのか…?と思いきや、やはり。まんま『仁義なき戦い』ですね。こういう狡猾な悪役が本当に上手い。
別にこの時代に限ったことではなく、硬直化した組織においては、こういういじめや汚職、不健全な人間関係が形成されがちですよね。
戦地の悲惨さや、残された家族の悲しみにフォーカスする反戦映画より、兵が正常な判断力を失っていく過程を、実体験を元に描いた今作の印象は強烈でした。
主人公の木谷にしても、別に善人でもないし。というか、異常な「真空地帯」の中において、上司や女に裏切られ、次第に正気を失っていく様子が描かれているとも言える。
もう一人の主人公のように描かれる曾田一等兵は作中の良心だったけど、彼にもあの異常な空間を変えていく術はないし、折り合いをつけながら過ごしていくほかないわけで。
兵営ハ 條文ト柵ニトリマカレタ
一丁四方ノ空間ニシテ
人間ハ コノナカニアッテ
人間ノ要素ヲ取リ去ラレ
兵隊ニナル 野間宏
映画の最後には、この字幕が出て終わる。「真空地帯」である陸軍の中で、兵隊は人間性を失っていく。
戦争を体験した人間が生み出した戦争映画には、思わず目を背けたくなるような生々しさがありますね。エンタメ性には乏しいけど、情念の強さを感じる作品でした。