適当な日常を綴る’

明朗・潑溂・無邪気なブログ

さよならの朝に約束の花をかざろう ★★★★★★★★★☆

こう見えて割とマリーのアニメは自伝買うくらい好きなので、公開初日の朝一で観てきました。お客さんが10人ちょっとくらいしかいなかったですが(


長寿の一族「イオルフ」の少女マキアが村を追われ、拾った赤ん坊のエリアルを育て、エリアルが成長し、老いて死んでいくまでを描いた作品、というのが一応のあらすじでしょうか
マキアは少女の姿のまま成長しないので、エリアルは子供の頃はマキアを母として認識し、いつしか母と呼ばなくなり、そして結婚相手を見つけて家庭を築いていく…というのが特徴的でした
映画というだけあって普段からすごいピーエーワークスの作画がものすごいことになってました(ボキャ貧)し、個人的に好きな川井憲次サウンドも世界観にとてもマッチしていて良かったと思います
赤ん坊の頃から成長してもとにかくずっと危なっかしいエリアルに対して、マキアがとにかく優しいんですよね。優しい、というよりは愛に溢れている、と言った方がいいのかもしれませんが…ずっと一緒に暮らしていたのに
別れて暮らすことになった日、マキアが泣かずに「いってらっしゃい」とエリアルを送り出すシーンは特に印象的でした。今まで自分も母親にこういう心配を何度となくかけていたんだろうなあ、と反省したくなるような…


良い点も多かったのですが、気になった点としては、2時間の尺で人の生まれてから死ぬまでを描いているのでどうしても展開がめまぐるしい、というところですかね。ファンタジーということで設定を理解しながら
キャラクターも覚えていかないといけない中で、マキアとエリアル以外のキャラクターはどうしても出番が少なくなりますし、その中で時間がどんどん過ぎていくので描写が足りなくなってくるというか…個人的には
もっとレイリアやイゾルについて知りたかったなー、って思ってしまうのですが、まあ後々何かしらの補完とかあるかもしれないし、ってことにしときますかね。親子愛を描く舞台装置が壮大すぎた弊害なんでしょうか


あと、今までの作風的に「強烈な印象のキャラクターが出てきて、性を感じさせるような生々しい、感情的な台詞を吐く」みたいなのがあるのかな、って単純に考えていたのですが、そういうことはなかったですね(
今までの作品においてはそういうある種のキャッチーさが人気の一因でもあると思うので、所謂今までの「エンタメ性の高い」作品ではなかったことは割と意外でした。まあ“マリー節”は随所から感じましたけどw
そういうキャッチーさが宣伝文句の「岡田麿里100%」なのかな、と思っていたのですが、そういうことではなく、劇場の尺でしか出来ない、描いてみたいことに挑戦する、という意味だそうで、すごく納得がいきました


今更ながらマリーこと岡田麿里氏のバックボーンに言及しておくと、母子家庭で不登校児だったんですよね。それが『いろは』の母娘の関係性であったり『あの花』の不登校設定に繋がっている、というのはまあ
オタクなら誰でも知っとるわ、って話なんですが、そのマリーが初監督作品で「親子愛とは、母とは何か」というテーマ(個人的にはこの辺が作品の骨子だと感じました)を手がける、というのは意義のあることだと思います。


前述したように決してエンタメ性の高い作品ではないですが、宣伝文句の「岡田麿里100%」に嘘偽りはありませんでした。とてもメッセージ性の高い作品でしたし、これからもこの人の物語を見たい、と改めて思いましたね