以前に太宰府に行った際は、午後からQMAの大会に参加する予定だったため、遠目で眺めるだけだった大野城。
3連休を利用して、今度こそ登ってみよう、と思い立ち、早速行ってきました。前日は博多泊で、友人と水炊きを食べながら久しぶりに談笑。
大野城は古代山城なので、半分は登山。今休日に履いている靴は甲高の自分にあまり合っておらず、長時間歩くと足が痛くなるため、まずは靴から買うことに。
近所のスポーツ用品店でためし履きして感触が良さそうなものを見繕い、ネットショップで一番安いやつを探して買いました。2割引だったし、定価で買うのアホらしいな…。
まずは博多駅から大野城駅まで移動し、大野城心のふるさと館へ。◁かすが みずき▷。1年以上会ってないけどお元気だろうか。
パンフレットを貰って展示を眺め、お城について学ぶ。資料室の係員さんに「ここから登るのはかなり時間がかかりますよ」と言われたので、ルートについて再検討。
ひとまず太宰府駅まで移動し、適当に昼飯を済ませてから、「県民の森」までタクシーで登る。それから付近を散策して、帰りは歩いて下山、という旅程にしました。
昼飯にした梅ヶ枝餅と太宰府バーガー。梅ヶ枝餅は焼き立てが食べられるのが良い。太宰府バーガーは鶏唐揚にタルタルソースと梅肉ソースがかかってて、こちらも美味しかった。
駅前のタクシーで「県民の森まで」と伝えたら、運転手のおじさんが「県民の森ということは大野城ですね!」と言って見所を色々ガイドしてくれました。歴オタでもないし、ありがたい。
県民の森にあった案内板。まずはここから近くて有名なポイントである「百間石垣」を目指し、2キロほど山道を下っていく。車道なのでただの散歩でしたが。
百間石垣。写真だとイマイチ伝わらないけどかなりのスケール感で結構感動しました。2枚目は石垣の近くまで急斜面を登って撮ったけど、降りるのが怖かった(
その後は県民の森まで戻り、途中で礎石跡があるという看板を見つけたので横の山道に逸れる。結構どこも急だったので、着替えとかカバンに入れたままで重かったのを後悔。
無事礎石までたどり着けたので、一旦休憩。こんなところに来る物好き誰もおらんやろと思ったけど、一組すれ違ったしそうでもなかったのかも。
休憩後は元の車道に戻り、県民の森センターから頂上まで一旦登る。ここも車道だったけど、それなりに傾斜があってキツかったな。
戦国時代に兵糧の米を焼いていたから焼米ヶ原って名前らしい。右の写真に写っている青い建物は九州国立博物館ですね。
景色を堪能したところで、太宰府駅まで一気に下山…する前に、下山の途中で岩屋城跡があるとタクシーで聞いていたので、そちらにも立ち寄ることに。
車道を降りていたら途中でこんな看板があったので、「せっかくだから俺はこの近道を選ぶぜ」ということで、山の中に突入。
「嗚呼壮烈岩屋城跡」の石碑のインパクトが強い。こっちも焼米ヶ原と同じくらい見晴らしが良かったですね。
高橋紹運がここで島津氏の軍勢を食い止めて進攻を遅らせたからこそ、秀吉の援軍が来るまでの時間稼ぎができて、結果全国統一のきっかけになったって、面白い話だよなー。
ここからは足が棒になりながら頑張って駅まで下山。絢香×コブクロか?と思うくらい、とにかくカーブが多くて、こんな感じでカーブ毎に番号がついてる。行きも少し酔ったし…。
駅からは西鉄で一気に久留米駅まで移動。疲れていたので、駅ビルの喫茶店で白玉抹茶クリーム。夜も適当にラーメンを食べて就寝。
そして翌日。朝からバスで久留米城址へ向かう。久留米城址といっても篠山神社の中にあるので、実質神社でしたが。
併設の有馬記念館でビデオを観ながら有馬氏の治世について知識を深める。有馬記念の有馬頼寧ってここの子孫だったんですね。
篠山神社からJR久留米駅までの道のりは「ブリヂストン通り」という名前で、ブリヂストンの大きな工場に沿った大通りでした。
さしずめ、江戸時代は城下町だったけど、現代はブリヂストンの企業城下町、といったところでしょうか。道にタイヤのゴム臭が充満してたのが面白かった。
小倉駅まで戻る途中に基山駅で降りて撮った基肄城の模型と甘木鉄道。エフェクトでしか知らない三養基郡ってここだったんだ。
久留米が福岡の東の出っ張ったところで、凹んだところに佐賀県があるから、JRが縦貫しているところは福岡→佐賀→福岡 になるんですね。
久しぶりに体を動かしたので筋肉痛になったけど、楽しかったですね。トレッキングシューズも足を痛めることなく機能してくれたし。
ただ、ちゃんとした山だったので、杖があったらもっとちゃんと周れたかも、というのは反省点。次に山に登ることがあったら荷物はできるだけ軽くしようと思いました。