適当な日常を綴る’

万年五月病患者が惰性で書き続けるブログ

台風クラブ ★★★★★★★★☆☆

台風が接近し、学校に籠もった少年少女たちは、そこでカーニバルを始めていくのだが…。

あらすじ短すぎて手抜きかよ!と思いきや、実際に観てみるとこれで十分かもしれないと感じてしまう。そもそもこの作品、あらすじがどうこうという作品でもないし。
思春期の不安定な少年少女を描いた作品…みたいな訳知り顔の感想で終わってもいいんだけど、それに感銘を受けたわけでもないし、不思議な作品ですね。刺さる人には刺さりそうだけど。
得体の知れなさに一歩引いてしまう心理に寄り添うように、やたら引きのカットが多いのが印象的でした。奥行きというか、縦の距離感がそのまま心の距離になるというか。言語化が難しいな。
あと、中盤の『シャイニング』的展開は完全にホラーでしたね。「ただいま」「おかえりなさい」野郎がサイコパスすぎて怖い。マクドに誘う微笑ましいシーンかな?からのアレだよ。


今どんなに偉いかしらんが、15年も経ちゃ今の俺。あと15年の命なんだ。覚悟しとけよ」と泥酔した教師が三上に言うけど、つまりは今の自分があの教師くらいの世代なわけで。
理恵も「閉じ込められたまま年とって、土地の女になっちゃうなんて、耐えられないんです」と大学生に話していたし、中学生は何者にもなれる特別な存在、という自意識があったと。


この手のジュブナイル作品が刺さりにくい理由として、ここに共感し辛いというのはあるのかもなあ。「自分が何者でもない」ことなんて、中学生以前に分かってしまっていたし。
バブル期の中学生と比べるのもおかしな話だけど、こういう鬱屈した感情って、自分の同世代にも普遍的に存在したものなのだろうか。情緒が安定していたのは良かったのか、悪かったのか。


桐島、部活やめるってよ』で参考にしたというのを知って、確かに共通点はあるかも…と思いましたが、あっちの方が数倍分かりやすいですね。時代の差はあるだろうけど。
思春期云々を抜きにして、狂気を孕んだ作品、としか言えないなあ。あと渕崎ゆり子ってあの渕崎ゆり子だったんですね。つまり完全に姫宮アンシー…ってコト!?