適当な日常を綴る’

万年五月病患者が惰性で書き続けるブログ

ひめゆり(2021)

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2年前の夏に観たミュージカル『ひめゆり』。昨年はクラスターの発生で中止になってしまいましたが、再演される、というのを知ったのが1月。
一度観てはいるので少し悩みましたが、演出をどう変えてくるのかも気になったし、この状況下で再演、という選択をした演者の方々へのリスペクトも込めて現地で観劇することに。
一般販売の平日昼に職場のトイレに籠もり、無事最前列を抑えることに成功しました。SS席ではあるけど、ほぼ真ん中ブロックに近いところだったから結構お得ではあった。

昭和20年(1945)年春。太平洋戦争末期の沖縄。米軍上陸が迫り、緊迫する民衆や軍人。沖縄師範学校女子部の生徒キミは、愛する沖縄が戦場になっていく悲しさを嘆く。
沖縄師範学校女子部と、沖縄県立第一高女の生徒たちは、朝礼で、教頭先生から、親元に帰るか、それとも学校に残って共に戦うかと選択を迫られる。
親元に帰りたいと願うふみ、ちよ、ゆき。学校に残って戦うべきだと主張するはる、かな、みさ。
結局、軍命により、生徒たちは南風原はえばる)陸軍病院篤志看護婦として従軍することが決まる。
傷ついた兵士たちの看護という尊い使命感が、親元に帰りたいという生徒たちの決心を翻させる。
だが、希望に胸を弾ませて派遣された陸軍病院は、薬も包帯も底をつき、薄暗い洞窟に苦しむ重症兵士が溢れる、この世の生き地獄だった。
キミは、戦場を生き抜いてきた檜山上等兵から、恐ろしい戦争の実相を聞きショックを受ける。
上原婦長に励まされ、鬼軍曹と呼ばれた滝軍曹に怒られながら、必死で兵士たちの看護のため働く学徒たち。
だが、米軍は迫り、飯上げに出かけたクラスメイトからも死者が出て、陸軍病院から脱出せざるを得なくなる。
自分で歩けない患者には青酸カリ入りのミルクが飲まされ、生徒、職員、兵士、看護婦たちは、どしゃぶりの夜、陸軍病院を脱出し、南部を目指して逃げて行くのだったが・・・・。


舞台上の人数を減らして上演する、という話でしたが、いざ観てみると、そこまで人が少ないとは感じなかったかな。もちろん、声の厚みは人数の分どうしても劣りますけど。
ただ、人が減った分、舞台上の奥行きがとても広く感じられて、終盤のシーンの幻想っぽさが際立っていたように感じたし、そこは演出の勝利なのではなかろうか。
上演時間も2時間半くらいで、前よりはかなり短くなっていましたが、中身は変わらない分、濃密に感じました。え、もう1時間経ったの?と幕間の時に思ったくらい。


2回観て、やはり劇中歌の『生きている』が骨子となるメッセージなんだな、という認識を新たにしました。生きてこそめぐり逢い、新しい何かが生まれる。
この作品、史実が元になっているだけあって、救いのないシーンも多いですが、前向きな気持ちになれる終わり方で、決して暗いだけの作品ではないのが好きです。
遠い戦争のこと、という認識から、この1年の間に、社会情勢の変化で「生きる」というテーマがより身近になり、重みを増してきたように感じます。
主演の黒沢さんもパンフレットのインタビューで似たようなことを仰っていたので、おそらく解釈としてはそう外れてもないのかな、と。


前回と比べて、もう1本題材になった映画を観て、より知識を得た状態で観劇できたのも良かったかなと。機会があればドキュメンタリー映画も観たいな。
あとは実際に行ってみたい、というのもありますが、夏の沖縄は絶対高いし暑いし人も多いし…なので、オフシーズンに機会があれば。下半期の連休とかどうなってたっけ。
関係ないけど今年の夏休みの予定も考え始めないとなあ。また九州でもいいかな、とは思ってますが。佐賀・長崎辺りの北部か、熊本とか鹿児島とかの南部か。検討しとこ。


…話が逸れましたが、演者と関係者の方々の勇気と熱意に心からのリスペクトを。やはり舞台はなるべく現地に行きたいですね。地方民ゆえなかなか難しいですが…。